ピーアール・デイリー年表

かつて転職先を新聞の案内欄で探す時代がありました。転機が訪れたのはオイルショックが落ち着いた1970年代後半頃だったでしょうか。この頃より求人市場が多様化し始め、1980年代に入ると新勢力としての求人情報誌の台頭は誰の目にも明らかになりました。私が経営するデイリースポーツ案内広告社も先を見越して、1981年に、当時リクルート社と勢力を2分していた学生援護会(現インテリジェンス)の第一号代理店となりました。しかし援護会と契約したものの数年間求人情報誌の売上を思うように伸ばすことが出来ませんでした。他社と比べてサービスや営業力で負けているとは思えません。やはりスポーツ紙の案内欄と当時の求人情報誌は全く別物で、2足のわらじをはかせず専属して業務にあたるべしという結論に至りました。まず1984年にデイリースポーツ案内広告社の雑誌部として別事務所で業務にあたるとようやく軌道に乗り始め、1987年に株式会社ピーアール・デイリーとして法人化しました。
それから25年間。様々な転機が訪れました。とある会議上で援護会の上層部に代理店政策を意見したところ、非常に嫌われてしまい、求人情報誌業界の第三勢力であった求人案内社に急接近。ところがその求人案内社が副業でやっていた不動産で失敗して倒産。この時ばかりはピーアール・デイリーの社員に頭を下げて謝罪しました。私が陣頭指揮をとり、幸い学生援護会と再提携することができ、立て直すことができた・・・と思ったらバブル崩壊・・・ピンチの連続でした。
しかし求人市場に関して言えば一番の大きな波は、インターネットです。日本人にインターネットの存在が知られるようになったのは、1995年頃からですが、最初はそれほど見るべき物がありませんでした。ピーアール・デイリーがネット広告に参入したのは1999年。その頃でも「インターネットって何?」「どうやって見るの?」というお客様が相当数おりました。ところがあれよこれよと次の10年間で有料の求人情報誌はほぼ全滅。こうした中で、毎日コミュニケーションズという新たなパートナーと手を取り合って、業界の波に乗って成長できたのは、当時ピーアール・デイリーの陣頭指揮にあたった副社長の斉藤幸裕をはじめ社員の功績です。
DACグループは、元々案内広告代理店として出発し、人材採用業界の可能性を常に追求し、成長してきました。そういう意味で創業時からのDNAを最も色濃く受け継いでいるのは、このピーアール・デイリーと言えましょう。

 

1981年12月 株式会社デイリースポーツ案内広告社、株式会社学生援護会(現インテリジェンス)・アドタイムス社と専属契約し、第一号代理店として営業活動を始める。
1984年3月 株式会社デイリースポーツ案内広告社、新事業部として雑誌部(後の株式会社ピーアール・デイリー)を設置。
神田司町の大鷹ビルで営業を開始。
1986年3月 求人案内社との取引が開始される。
1987年8月 株式会社ピーアール・デイリーとして独立。
1989年9月 ピーアール・デイリー第二事業部として、女性の営業組織レディース・インフォメーションを神田佐久間町の神田パークビルに設置。
1990年6月 ピーアール・デイリー、台東区台東のイワモトビルに移転。
DACグループ、現在のロゴマークへ刷新。
1990年8月 求人案内社が主催するハレアカラ・ヒルクライム自転車レースに、石川和則が参加。完走する。
1991年7月 北軽井沢研修所設置。
1991年8月 当時ピーアール・デイリーの主力媒体「WAKE」廃刊。求人案内社は学生援護会の傘下に入る。
1991年11月 「WAKE」廃刊に伴い、レディース・インフォメーションの事務所閉鎖をやむなしとし、本体ピーアール・デイリーが営業活動を行っていたイワモトビルに移転。
1992年5月 学生援護会の東北DODA創刊にあわせて、ピーアール・デイリーは仙台市若林区斎木センタービルに東北支社を開設。DACグループ最初の全国展開の魁となる。
1993年10月 東京本部、レディース・インフォメーションを廃止し、ピーアール・デイリーと一本化する。
1996年1月 ピーアール・デイリーより、印刷物を中心に取り扱う広告会社として、株式会社メディアエイトが独立。
1997年1月 ピーアール・デイリー、業務拡張につき光丘上野ビルに移転。
1998年1月 ピーアール・デイリー、業務拡張につきマルコーセンタービルに移転。
1998年11月 メディアエイトの社員全員をピーアール・デイリーに異動。以後メディアエイトは休眠会社となる。
1999年6月 DACグループ ホームページ完成。
2000年8月 近い将来、求人情報誌からインターネット求人サイトへの移行することを見越して、ネット広告を主力とする「ITチーム」設置。ITチームは現デイリースポーツ案内広告社部長である浜田貴弘(当時主任)が担当。
2000年12月 那須研修所完成。
2001年10月 ピーアール・デイリー、イワモトビル1Fに移転。同時に学生援護会と共同出資の上、株式会社ピーアール・デイリー東京を設立。ピーアール・デイリーは求人サイトを、ピーアール・デイリー東京は求人情報誌を主力媒体とする。
2004年1月 営業推進室設置。
2004年7月 業務拡張につき、台東区台東の第一勧銀渋沢ビルに移転。
元電通部長 山田満氏、DACグループのスーパーバイザー就任。
2004年9月 DACグループの企画室としてDACプランニングセンター(DPC)設置。
2005年2月 業務拡張につき、台東区台東の第一勧銀渋沢ビルに移転。
2005年5月 ピーアール・デイリー、デイリー・インフォメーション関西の事務所に関西支社設置。
2005年9月 ピーアール・デイリー、名古屋支社設置。
2005年11月 ピーアール・デイリーの企業ホームページ完成。
2006年10月 伊豆研修所を設置。
2006年6月 デイリースポーツ案内広告社求人部をピーアール・デイリーに移管。DACグループでの人材採用広告部門の一本化をはかる。
2006年12月 学生援護会がインテリジェンスに株式譲渡を機に株式会社ピーアール・デイリー東京を株式会社ピーアール・デイリーと統合。
2008年10月 リーマンショックを受け、ピーアール・デイリー、イワモトビルに移転。
2011年1月 ピーアール・デイリー東京本社、業務拡張につき、台東区上野のTIXTOWER UENOに移転。
2014年6月 ピーアール・デイリー、中国・広州ブランチ開設。
   

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