デイリースポーツ案内広告社年表

デイリースポーツ案内広告社は、 DACグループの母体として、「求人広告」を専門に取り扱うピーアール・デイリー、「観光広告」に特化したデイリー・インフォメーションを輩出していきました。現在、デイリースポーツ案内広告社は あらゆる媒体・ジャンルを問わず取り扱う総合広告代理店となっております。
もっとも今から50年近く前の創業当初は、スポーツ新聞の「案内欄」を中心に取り扱う小さな求人広告代理店でした。当時案内欄と言えば、庶民に親しまれ人気の高い広告欄。しかも印刷された娯楽情報と言えばスポーツ新聞くらいしかありませんでしたから、時間を経ずして事業は軌道に乗りました。しかし、もしそこで満足していたら、現在のデイリースポーツ案内広告社も、DACグループもなかったでしょう。総合広告代理店への脱皮に成功した案内代理店はそれほど多くはありません。
なぜ脱皮できたのか?
それは社員がチャレンジ精神を発揮できる職場環境を提供し続けたこと。社員の人間成長とちょっとした創意工夫が次の時代を切り開いていったのです。

 

1962年10月 白澤芳郎、株式会社産案から独立し、虎ノ門で京浜広告社を開業。
1963年4月 株式会社港通信社設立。代表取締役社長白澤芳郎、資本金20万円。
港区新橋、佐山ビル
1964年
3月
デイリースポーツ社と専属契約
株式会社デイリースポーツ案内広告社に社名変更。
1967年4月

中央区銀座並木通りに銀座営業所開設、 同時に女子部設立

1972年1月 久保二三郎、二代目代表取締役社長に就任
1974年4月 観光企画部設置。
1977年10月 石川和則、三代目代表取締役社長に就任。
台東区上野、ヤマトビルに本社に移転。
16名でデイリースポーツ社専属の案内(求人)広告代理店として再出発。
1981年10月 デイリースポーツ社の専属広告代理店の勉強会・懇親会として発足したDAC会(デイリースポーツ・アド・クラブ)解散に伴い、DAC(ダック)の名を引き継ぎ、DACグループを名乗る。
1984年3月 初めて新卒採用を行う。
デイリースポーツ案内広告社、新事業部として雑誌部(後の株式会社ピーアール・デイリー)を設置。
神田司町の大鷹ビルで営業を開始。
1986年3月 雑誌部、神田佐久間河岸の柴田ビルに移転。
観光企画部、神田佐久間町の中村ビルに移転。
1987年8月 雑誌部、株式会社ピーアール・デイリーとして独立。
1987年12月 屋外広告「ニュースカイビジョン」取扱。
1988年 石川和則が三代目社長就任時に引き継いだデイリースポーツ案内広告社の負債が完済する。
1989年 文字放送企画室設置。
1990年6月 デイリースポーツ案内広告社、台東区台東のイワモトビルに移転。
DACグループ、現在のロゴマークへ刷新。
1990年8月 観光企画部、株式会社デイリー・インフォメーションとして独立。
1991年7月 北軽井沢研修所完成。
1992年12月 デイリースポーツ案内広告社、求人部と雑品部(求人以外の広告という意味)の2部体制になる。
1995年10月 10月6日デイリースポーツ東日本版朝刊にて、デイリースポーツ東京進出40周年記念「読者参加による世界10大冒険の旅」として「世界10大冒険の旅第一弾 タクラマカン砂漠横断し幻都楼蘭を訪ねる」が見開きで掲出。
1999年1月 デイリースポーツ案内広告社、雑品部と求人部の売上が均衡。以後雑品部主導の下、総合広告代理店としてシフトしていく。
2000年12月 那須研修所完成。
2004年9月 DACグループの企画室としてDACプランニングセンター(DPC)設置。
2004年10月 デイリースポーツ社、案内欄を廃止。これをもって案内広告会社としての歴史が閉じられた。
2006年6月 デイリースポーツ案内広告社の求人部をピーアール・デイリーに移籍。
2008年10月 富裕層向け日経折込フリーペーパー「BizStyle」創刊
2011年1月 業務拡張につきTIXTOWER UENOに移転。
2012年10月 DACグループ デイリースポーツ案内広告社が創立50周年を迎える
2014年12月 DACグループ売上年商100億円を超える。
   

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