石川和則の経営者語録

石川和則は、年頭に1年間の「標語」と「計画」を社員の前に発表し、指針を明確にしております。
その簡潔な言葉の一つ一つに、当時直面していた壁を乗り越えようという強い意志と新たな1年を迎えるに当たっての抱負が込められております。

 

1980年
(昭和55年)
楽しくなければ仕事じゃない、楽しくなければ会社じゃない、楽しくなければ人生じゃない

DACグループで働く社員によって永遠に継承されるべきメッセージであり、現在DACグループ経営におけるコンセプトとなっております。

1984年
(昭和59年)
「新しき飛躍への挑戦」
~新しい自分自身の再発見 新しい自分自身への挑戦

1984年の年頭年間標語として発表。
1984年は新聞広告一筋でやってきたデイリースポーツ案内広告社が初めて雑誌部(1987年にピーアール・デイリーとして法人化)と観光企画部(1990年にデイリー・インフォメーションとして法人化)を立ち上げました。私が三代目社長として事業を引き継いだ時、案内広告一本で立て直すという暗黙の了解がデイリースポーツ社との間にありました。その禁を破って新規事業への挑戦でした。また初めて新卒採用を行いました。DACグループが繁栄していくための大きな決断でした。まさに社員一人一人が「新しき飛躍への挑戦」なくして、なし得ることができないことでした。

1987年
(昭和62年)
「今が試練の時!」

1987年の年頭年間標語として発表。
(株)デイリースポーツ案内広告社の代表取締役就任10年を迎え、就任時に抱えた借金の完済がついに見えてきました。(完済したのは翌1988年)この時、敢えて「今が試練の時!」という標語を掲げ社員に向け檄を飛ばしました。
年頭標語の挨拶では「あえて苦難に立ち向かい、これを転じて福となし、業績に作りかえる。この戦いが己をも作りかえていく。今期迎えようとしている25周年は、社歴の区切りではなく、新しい時代の始まりであり新しい戦いの始まりでもある。我が社の歴史は、試練の積み重ねであり、今もまたその時である。」と締めくくりました。

1988年
(昭和63年)
「業務完了、報告完了」

1988年の年頭年間標語として発表。
これまでリーダーの私と一人一人の社員との信頼関係で会社が運営されておりました。しかし会社が成長し、社員数が増えてくると、私1人で切り盛りしていくことに限界を感じてきました。ましてや代表を引き受けたときの借金がこの年に完済し、これから拡大路線に入っていくのですから、どんどん責任者に権限を移譲していかなければならないことは明確でした。挨拶の仕方、電話の取り方、服装の身だしなみ・・・全てマニュアル化しました。その中で最も基本的で、優先するべきことが「業務完了、報告完了」だったのです。

1988年
(昭和63年)
「誰が正しいか?ではなく何が正しいか!それがDACの基準」

1988年のそれ以前、「誰が正しいか?」と問われれば、迷うことなく「石川和則」が正しかったのです。
しかしそれでは会社が成長しないと感じ、社員にこの言葉を伝えました。

1989年
(昭和64年)
「真剣勝負」

1989年の年頭年間標語として発表。
広告会社として、人として最も大切な心構えの一つ。

1990年
(平成2年)
「新DAC革命、一流への転換」

1990年の年頭年間標語として発表。
1990年6月にはヤマトビルから、ついにフィットネス・ジムの併設されていたイワモトビルに入居することが決まりました。「新しい環境は、新しい夢や希望を生みだし、新しい飛躍へつながっていく」との明るい見通しを持っていました。引越と同時にロゴマークを刷新し、2ヵ月後にはデイリースポーツ案内広告社の観光企画部を(株)デイリー・インフォメーションに法人化しました。 これまではDACグループを名乗っていても、まだまだデイリースポーツ案内広告社でした。DACグループの根幹は、イワモトビル時代に形作られました。

1991年
(平成3年)
「DAC感動産業元年」

1991年の年頭年間標語として発表。
1990年、40歳の青春をかけてハレアカラ自転車レースに挑戦し、登頂を果たしました。そこで得たもの、それは人生の大きな感動と、「40歳にも素晴らしい青春があった」と言うことであります。山頂で「人には生きている限り、この感動が必要である」と感じ、人生や事業に人の生きる根源である感動を取り入れていくことは出来ないかと考えるようになりました。この年掲げた「感動産業元年」は、デイリースポーツ案内広告社創立30周年の記念事業として、「世界10大冒険」へと結実していきます。

1992年
(平成4年)
「業績魂こそ、DACを支える力だ!」

1992年の年頭年間標語として発表。
1991年はバブル崩壊を実感した年となりました。1991年5月にはピーアール・デイリーのメイン媒体の発行元であった(株)求人案内社が投機に失敗し倒産し、私たちも大きな打撃を受けました。その責任をとる形で私がピーアール・デイリーの陣頭指揮をとることで何とか乗り切ることが出来ました。
しかし(株)求人案内社倒産に止まらず、社長業について15年、一度も経験することのなかった不況の時代を迎えようとしていることは明らかでした。社員に「俺(私)がやらなければ誰がやる」の気持ちで、総力戦を呼びかけました。

1993年
(平成5年)
「DAC総力戦、背水の陣」

1993年の年頭年間標語であり、バブル崩壊の「底」となった年のメッセージ。
「世の中がどのように厳しく激しく変化しようともDACグループの将来について基本的方針は変わりません。・・・やみくもな削減や切り捨ては、成長の種を潰し、目先の利益や対応は会社の将来さえ危うくしてしまうと考えております。昨年DACグループは、(株)ピーアール・デイリー仙台営業所の新設、(株)デイリー・インフォメーションの本社移転拡張、(株)デイリースポーツ案内広告社第二営業所の営業広告部門の新設など、将来大飛躍のために一歩前進いたしました。不況だから手控えるという後ろ向きの姿勢ではなく、不況だからこそ前向きの姿勢で対応する、今こそが一番のチャンスであると全グループ一丸となって前進する。」
この態度は20年近く経った今も昔も変わっておりません。

1994年
(平成6年)
「逆境は最良の教師なり」

1994年の年頭年間標語。
今から振り返ると1993年10月が景気の谷となりましたが、1994年1月当時「今年はもっと厳しくなる」という悲観的な見方が優勢でした。実際「失われた十年」と呼ばれる時代が続くとになります。
しかし この年DACグループは2桁成長。一切「リストラによる人材削減」は行わないことを社員の前に誓い、人材育成・業務拡大を行っていくことを宣言しました。

1995年
(平成7年)
「全社員参加型経営」

1995年の年頭年間標語。
「社員役員会」という社員の経営参加のための組織を創設。「会社は社員のものだ」という姿勢を改めて社員の前に示し、一歩前進させることを約束しました。2011年現在社員役員会は、月に一度のワイガヤ会議と企画ヒット賞の選出。年に一度、無記名による役員信任評価、社員持株会の監査を行っております。

1996年
(平成8年)
「GRADE UP FOR MYSELF」

1996年の年頭年間標語。
1995年10月世界10大冒険第一弾としてタクラマカン砂漠を横断し、幻の都「楼蘭」に入城しました。砂漠での3週間は過酷でありましたが、私にとって人間的に成長する良い経験となりました。「GRADE UP MYSELF」は、私に続いて社員の一人一人も、努力によって大きな困難を克服し、大きな成長をしてもらいたいという願いが込められています。

1997年
(平成9年)
「あと一歩・勇気と努力は常に勝利を生み出す」

1997年の年頭年間標語。
1996年11月私にとって非常に名誉な体験をすることになりました。友人の紹介でハワイにて米国大統領ビル・クリントンを紹介されたのです。この時48歳。一生のうち、 どれだけの人たちと交流をはかることができるのか、何をなし得るのかを改めて考える機会となりました。
なぜ私がクリントン大統領とお会いできたのか?「人」のお付き合いを大切にし、夢を持ち、努力を続けてきたからです。あと一歩の勇気と努力は常に勝利をもたらします。

1998年
(平成10年)
「真剣勝負2」

1998年の年頭年間標語。
DACグループは1993年のバブルの底で一度落ち込んだものの、1994年より順調に成長を続けておりました。しかし世の中では金融機関、証券会社の倒産が相次ぎ、年間自殺者が3万人を超えました。また神戸で小学生が殺傷される事件など非常に暗い世相が続きました。
こうした中社員に「一日一日を大切に生きる」ことを訴えるため、10年ぶりにこの言葉を年間標語としました。

1999年
(平成11年)
「今がチャンスなんだ!!」

1999年の年頭年間標語。
1998年デイリー・インフォメーションの有志7名がホノルルマラソンに挑戦し全員が完走しました。この挑戦は、もちろんデイリー・インフォメーションの堅実な業績の裏付けがあっての実現です。
またデイリースポーツ案内広告社は、案内欄だけではなく雑品広告の取扱を大きく伸ばすことで既に新しいビジネスチャンスを掴んでいましたし、一方ピーアール・デイリーは、将来に向けてインターネット求人広告への参入検討時期に入っておりました。
私は1999年の年間標語を次のように締めくくりました。
「この大不況は自分にとって大きなチャンスであると信じ行動することです。新しいビジネスチャンスにめぐりあったとき、信念を持って行動すれば必ず成功します。よく覚えておきなさい。もし挫けるようなことがあれば、それは自分自身に問題があるからです。自分自身の心の中に最大の敵がいるはずです」

2000年
(平成12年)
「常に自問自答せよ!」~自らの問いかけは、成長への第一歩となる

2000年の年頭年間標語。
1999年の標語「今がチャンスだ!」の言葉通り、前年度DACグループ各社は大きく飛躍を果たしました。一方、 「DACグループ」=「イケイケどんどんの強気な会社」という 誤解が社員間に浸透してきているように思えました。 しかし実のところ私は世界の国を冒険するなど死を賭する「大胆さ」を持ちあわせると同時に、臆病なくらい石橋を叩いて渡る「慎重」派なのです。これまでの標語とは打って変わり内省的な標語は、正しく「力」を使うための秘訣を社員に伝えたかったからです。

2001年
(平成13年)
「めざせOnly1-めざせNo.1」

2001年の年頭年間標語。
2000年4月デイリー・インフォメーション北海道営業所設置、7月には法人化を決断し、(株)デイリー・インフォメーション北海道としました。折しも1999年に解散した北海道拓殖銀行の余波もあり北海道は不況真っ直中。多くの友人、知人から止められました。しかし私は逆に「これだけみんなが止めるのだから、北海道に進出しようなんて誰も考えないだろう。競争が激しくない今がチャンスだ」と考えました。それだけに北海道進出に関しては、私の責は大きく、常駐することを決意しました。
私が社長業に就いて初めて東京本部を不在とすることが多くなった1年となりましたが、デイリースポーツ案内広告社、ピーアール・デイリーは大きな飛躍を果たしました。社員から年間契約を取ったという報告をよく聞くようになったのもこの頃からでした。ようやくここまで辿り着いたというのが実感でした。年頭に左の標語を掲げ、さらに独自性を磨いていくことを社員に促しました。

2002年
(平成14年)
「Active DAC~Only1はNo.1へ続く道」

2002年の年頭年間標語。
昨年に引き続き独自性を追求する「Only1」路線。「Active」という言葉に、より行動的で、より積極的になろうという意味を込めて発表しました。

2003年
(平成15年)
「吾道一以貫之」

2003年の年頭年間標語。
2002年10月創業40周年式典にて、私は上場指針を発表しました。
DACグループの社長になって早27年の歳月が流れ、ここまで支えてきてくれた次代を担う青年にバトンタッチするには、上場への道筋を作ることだと考えたのです。しかし上場への道は、簡単なものではないことは分かっておりました。全社員で心を一つにして、「上場する」という強い決意と信念を持つことが大前提であることは言うまでもありませんでした。
「吾道一以貫之」・・・初めて年間標語を論語から持ってきました。「私が説き、かつ行う道は常に一貫している」という意味です。

2004年
(平成16年)
「Do!different.~怖れるな!人と違うことをやってみろ」

2004年の年頭年間標語は、DACグループ上場指針として掲げられている「Do!different.」とすることで、社員への浸透を図りました。

2005年
(平成17年)
「DAC流勝利の方程式とは何か?~大家族主義、全社員参加型経営、Do!different. もう一度原点に返って行動しよう!」

2005年の年頭年間標語。
悲しいことに2004年多くの退職者を出してしまいました。DACグループは「どうしたら社員の成長につながるか」を常に考え続け、そのために社員研修に力を入れてきました。「大家族主義」を掲げて社員の人生を考えた結果、社員の生活を豊かにするために「上場」をめざしてきました。その会社で退職する理由が思いつかない・・・というのは私の思い込みであることを痛感しました。
これまで標語は、単純明快に「これをやろう!」「これしかないんだ!」と言い切る形で作ってきました。この時初めて「DAC流勝利の方程式とは何か?」、つまり「DACの素晴らしい点を見直して欲しい」という願いをこめて、社員に問いかける形で発表しました。

2006年
(平成18年)
「PRIORITY & DEADLINE」
~物事には優先順位と期限がある

2006年の年頭年間標語
2002年10月に上場指針を発表し、監査法人の審査を受け、私たちが何をなすべきかをアドバイスいただきました。 簡単に言えば個人会社経営から株式公開企業の経営基準をクリアするためにシステムを取り入れていかなければならないということでした。たとえば個人情報保護法をクリアするために社員のパソコンを監視するシステムを導入したり・・・などなど。
経営陣としては、この多くの問題をスムーズに的確に解決していくためには「PRIORITY(優先順位)」と「DEADLINE(期間)」を決めなければなりません。
これは社員にとって日常全てのことに通じる姿勢、考え方です。 どんな事柄にも「すぐやらなければならない」ことがあるはずです。 そして「いつまでに」という時間的制約があるはずで、これを疎かにすると利益やチャンスを逃してしまうことになるからです。

2007年
(平成19年)
「DACの基準(RULES)とは何か?」
~あなた自身がRULE MAKERであり、COMPLIANCE OFFICERなのです。

2007年の年頭年間標語
2006年11月京都の上賀茂神社の新嘗祭に社員と一緒に参加させていただき、田中宮司からお話をいただく機会がありました。
その時私が非常に感銘したのは 「不易流行」・・・世の中には「変わっていくものと変わらないもの」があるとのお話しでした。この時上場を目指すDACに「変えてはいけないものと変えなければいけないもの」があるはずだと思い当たったのです。それもCOMPLIANCE(法令遵守)という社会の基準に沿って対応しなければなりません。
私は年頭標語を次の言葉で締めくくりました。
「これからは会社の考え方や社員の都合で簡単に物事を変えるわけにはいきません。社員のためにも、社会のためにもなる新しい基準や考え方が必要です。”何が正しいのか?” 新しい考え方が求められているのです。 」

2008年
(平成20年)
「人望や信頼は、才能や業績に勝る!」

2008年の年頭年間標語
DACグループのエッセンスを表現しております。

2009年
(平成21年)
「DACにとって不況は絶好のチャンスである!」

2009年の年頭年間標語
2008年9月のリーマンショックで上場の延期を発表せざるを得ませんでした。
その中で年頭に不況三原則として
1)社員のリストラはしない!(オイルショック・ドルショック・バブルの崩壊もDAC創立以来リストラはない)
2)今期の定期昇給は必ず行う。(33年間社員の生活向上のために随時昇給を行ってきた)
3) 社員研修も例年通り行う。(人の成長なくして会社の成長なし)
ことを社員に約束しました。
私は年頭標語を次の言葉で締めくくりました。
「オイルショック・ドルショック、バブルの崩壊と何度も厳しい不況の中を生き抜いてまいりました。多額の借金を抱え16名の社員とスタートした私は何度も不況の波を乗り越えてきたのです。その度にDACは成長し、大きくなってきました。今は300名を超える社員がDACを支えているのです。DACにとって世界の不況は常に絶好のチャンスとして活かされてきました。厳しい情勢の中で社員は大きく成長し、システムが変わり、新しいビジネスを構築してきたのです。不況はビジネスチャンスだけでなく、会社やそこで働く人間さえも変えてくれるのです。」

2010年
(平成22年)
「攻撃は最大の防御である!」

2010年の年頭年間標語
2009年度はDACグループ全体の連結決算でなんとか黒字にまとめることができたものの、売上前年比-10%と厳しい決算内容で終わることになりました。とても心から喜べるものではありません。そこで前年の不況三原則に
4)今まで通り、拡張拡大計画を進める(将来に夢と希望を持てるよう、常に前進を目指す) 。
とつけ加えました。おかげさまで2010年は2桁成長を達成しました。

2011年
(平成23年)
「忘れるな!社員の成長が会社の成長だ」

2011年の年頭年間標語
同時に100年計画標語「世界で一番楽しい会社をつくろう!」を掲げました。

2012年
(平成24年)
「あなたに必要なマネージメントとは何か!」

2012年の年頭年間標語
歴史は生まれ、そして消えていく。私たちが新たなDACグループの歴史を作るために忘れてはいけないことがあります。それは50年という長い歴史の中で培われてきた「人を大切にする精神」であり、企業として「社会に役立つ会社を創ろう」という企業理念です。いかに世界が変わっても、DACグループがある限り、変わることなく、そして変えてはいけないものなのです。
その一方、時代と共に変えていかなければならないものがあります。経営戦略もその一つです。私たちは売上100億円・社員数500名を大目標においています。この大目標を早期実現に向けて最も重要なキーワードとなるのが「マネージメント」です。経営の神様・松下幸之助も、世界を代表する経済学者P.Fドラッカーも共に同じことを言っています。マネージメントとは「成果を上げるために行動していくことである」と。これは経営サイドだけが考えるべき問題ではありません!DACに関わるすべての社員がマネージメントの重要性とその役割について気づかなければなりません。

2013年
(平成24年)
「あなたはDAC(社会)にどう貢献したいのか!」

2013年の年頭年間標語

創立50周年を迎えた今期、過去最高売上・最高利益を達成し、100周年に向け素晴らしいスタートを切ることができました。新規事業開発も着々と進んでおります。しかし私たちは業績で業界トップを競うのではなく、「人間企業としての豊かさ」でNo.1になりたいと考えています。セブンサミットプロジェクト、ダイバーシティ推進プロジェクト、「親子の日」プロジェクトはその延長上に存在します。社員の一人一人が、目先の利益ではなく「社会にどう貢献したいか」という広い視野を持ってしてもらいたいという思いを込めました。

2014年
(平成25年)
「あなた自身の「成長戦略」とは何か!」

2014年の年頭年間標語
DACグループは「分社化・分権化・分人化」を推進し、若者に夢とチャンスを自らつかみ取ってもらうことで成長してまいりました。すなわち会社はすすんで社員に権限を与え、社員の「やる気」をエネルギーこそ成長戦略の柱となるものです。やる気エネルギーは、人から与えられるものではありません。あなた自身が成長したいと考えてはじめて生まれてくるものであることを、2014年度の標語には込められています。

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