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アニマル石川の冒険記録(1) ハレアカラ・ヒルクライムレース-1

1989年10月1日~ハレアカラ・ヒルクライムレースを見て感動!
石川和則40歳、自らの青春をかけて出場を宣言!

ハワイ・マウイ島ハレアカラ山の山頂を目指す自転車のヒルクライムレースをご存知でしょうか。全長58kmの坂道、海抜ゼロメートルから雲より高い標高3000mを自転車で駆け上る、「サイクル・トゥ・ザ・ザン」と呼ばれる自転車レース。3000メートルの標高差、スタート気温は30度以上、頂上ゴールは10度以下、その気温差は20度を超し、多くのレーサーが酸欠状態に陥ることから、世界で一番過酷な自転車レースと呼ばれております。
石川がこのレースの存在を知ったのは、1989年41歳の時、レースの主催者である雑誌社の社長、田野井氏にレース応援を誘われたからでした。「山道を自転車で登るレース?いったいどこがおもしろいの?」というのが本音だったようです。 ところが石川はレースを見た途端、気持ちが一変しました。喘ぎながら頂上にたどり着く選手は、みな同じように叫びながら倒れ込んでいきます。 「俺はやったぞ!」「私は、やったのよ!」
言葉にならない大きな感動のうねりがゴールを包み、肩をたたき合い、喜び合い、そして感涙にむせぶ。300人を超すスタッフ・観客が皆、感動で涙を流している。選手もスタッフも観客も全てが感動の嵐に包まれていました。感激した石川は、なんとその場で主催者の田野井氏に向かって「出場宣言」をしたのでした。一笑する田野井氏。しかし石川は本気でした。

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