石川和則の冒険者語録

これまでの冒険の中で自然と生まれ落ちた言葉を冒険語録としてまとめました。

 

1990年
ハワイ・ハレアカラ山にて
「人生には感動が必要だ」

ハレアカラ山自転車レースを完走した夜、応援してくれた多くの仲間に手紙を書きました。私を支えてくれた仲間にお礼を伝えなければという気持ちでいっぱいでした。
1年前ハレアカラ山自転車レースに挑戦すると宣言したとき、「絶対無理だよ」「こんなことして何になるの?」「社長としてもっとやることがあるんじゃないの?」というたくさんの言葉を聞きました。それでも多くの仲間が共感してくれました。仲間が励ましてくれたからこそハードな訓練に堪えることができました。本番のレースでは体力・精神力の極限に挑戦し、打ち勝つことができました。応援してくれた皆さん本当にありがとう。もしこのレースを通して得たものがあるとすれば・・・それは「人生には感動が必要だ」。この一言に尽きます。

1995年
タクラマカン砂漠にて

「冒険とは、恐怖を捨てたときに、はじまるもの
 勇気とは、己を捨てたときに、出てくるもの

 幸せとは、欲を捨てたときに、感じるもの
 生きるとは、希望を持っている間続くもの 」

砂漠において生と死は紙一重でした。思いつく限りの準備をしていても、予想外のアクシデントの連続でした。普段豪放な社長を演じていても、砂漠の中では臆病な自分に気づかされます。こうした極限の中で一歩を踏み出すには、まず己を捨てる勇気を持つことです。

1995年
タクラマカン砂漠にて

「不便とは本当の便利のことである 」

冒険に出ると、日本で過ごす日常がいかに「便利」にあふれているかを実感します。文明の「便利」は私たちの目を曇らせていることを知る瞬間です。

1995年
タクラマカン砂漠にて

「世界は一つ、人は皆同じである
 言葉は分からなくとも、心は通じる 」

タクラマカン砂漠横断の旅を成功に導いてくれたのは、案内人を務めてくれた中国人とウイグル人たちでした。
もちろん言葉は通じません。でも心は通じあうのです。本当です!
彼らと接しているうちに今も世界のどこかで戦争が行われていることが、とても悲しくなってきます。

1997年
エベレスト登頂途中

「泣き言を言うのも大概にしろ。俺の人生にとって、お前たちがエベレストに行こうが行くまいが、どうでもいいことなんだ。だがお前たち2人にとって、いやお前たちを支援してくれている仲間や社員にとっては、大変なことだろう。 」

エベレストベースキャンプにはDACグループ社員2名を連れて行きました。ペリチェ(4243m)出発時に1名が恐怖で弱音を吐いているのを聞きつけて言った言葉です。私が彼らに教えるのではなく、自分で何かを掴んでもらうためにここに連れてきたのです。

1997年
エベレスト登頂途中

俺には俺の人生がある。こうして30年やってきた。最後に分かってくれる人が一人いれば100点満点だ。

冒険中1人になり寝床につくと色々なことが頭をよぎっていくものです。
会社のこと、友人のこと、そして人生。今まで生きた意味はあったのか?これでよかったのか?これからの人生は?本当の幸せとは何なのか?いや、本当の生き方とはどういうものなのか?今まで人の顔色をうかがいながら生きてきたんじゃないだろうか?自分の人生を本当に大事にしてきたのか?今まで忘れていたことが次から次へと思い出されてきます。本当のリーダーとは、どういうものなのか?どのような生き方をすべきなのか?アクシデントの連続。危険が迫ってくる。今回2人の社員を連れてきたのは正しかったのか?自分のエゴイズムではないのか?
・・・こうした時、最後に辿り着いた言葉が左の言葉でした。
もちろん最後に分かってくれる1人とは、家族であり、私の遺志を継いでくれるであろうDACグループ社員の誰かであることを望んでいます。

1997年
エベレストベースキャンプにて

本当に思い残すことはないのかと自問する。「ない!」

ゴラクシェブ(5100m)からエベレストベースキャンプに向かう途中、仲間とはぐれてしまいました。快晴ですが強風のため足跡を風が消してしまい、見渡す限り青白い雪と氷の世界。しかし不思議と恐怖は薄れ、ただ自分を越えた何かが私を歩かせている気がしてきます。その時自然にこの言葉が出てきました。

1997年
エベレストベースキャンプより下山

シェルパは俺の兄弟だ。共に命を懸けて旅をした。そうお互いに命を預けあった。相手を助けることが自分を生かすことだった。

エベレストベースキャンプから出発点であったルクラまで無事下山。シェルパの家でお祝いパーティーを用意してくれました。一晩中どぶろくを飲み歌い踊りました。家にはシェルパの奥さんと子供達もいました。その時に感じた感謝の気持ちです。

1999年
キリマンジャロ山頂にて

「やったな」「やりました」「やったな」「本当にやりましたよ」「バンザイ」「バンザイ」

冒険を共にした社員とキリマンジャロ山頂にて。
人生を楽しむ上で最も感動的で、必要不可欠な言葉がここに凝縮されています。

1999年
キリマンジャロ登頂後帰路に寄ったシンガポール空港にて

<世界を目指す青年達へのメッセージ>
なぜ私は冒険に旅立つのか?
それは、世界が私のように夢と希望と感動を求める人を待っているからだ。
人生は、求める人には常に感動的だ。

冒険を求め世界に羽ばたけ青年よ。
世界にはあなたを感動させる冒険が待っている。
あなたが勇気をもって、最初の一歩を踏み出したとき、あなたの人生には新しい感動が生まれる。

私の経営するDACグループはそれまでも海外研修を重要視していましたが、社員と共に挑戦したエベレストとキリマンジャロを経て、よりその思いを強くしました。
エベレストやキリマンジャロで出会う多くの白人は若者でしたが、出会う日本人の大半は50代、60代の方だったからです。
「若いうちに世界を見ることが大切!」
その思いを込めて、このメッセージを書きました。

     

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